第一次成長期に地域店のシェア低下の時代だった
昭和30年代は白黒テレビ、昭和40年代はカラーテレビの急速な普及、そして白物家電の家庭への浸透も家電市場の拡大に貢献、地域店(メーカー系列店)の双方に売上・利益拡大のチャンスを与えました。しかしその影で家電流通では地殻変動が進んでいたのが第一次成長期の特徴です。
昭和30年代、白黒テレビなど「3種の神器」の普及は意欲的な電気店(地域店のみではない)の経営者の目には拡大のチャンスに映りました。当時は主流だったメーカー系列を離れ、「混売」(複数メーカーの取扱い)こそ「お客様志向」ということを売り物にした電気店が全国に誕生し始めます。当初は「家電流通秩序の破壊者」として「白い目」で見られましたが、「混売」店は次第に消費者の支持を拡大、やがて地区量販店に成長します。それらの電気店は全国組織「全日電」及び地方組織「各日電」を結成しました(1963年)。地区量販店は昭和40年代のカラーテレビ需要に支えられ次第にシェアを拡大、地方量販店として地歩を固めることになります。同時にそのことは地域店(メーカー系列店)の顧客と売上を侵食することを意味しました。
規模拡大を目指しての過大な投資、不十分な経営管理等により経営破たんする企業も続出ましたが、投資に成功した地方量販店は名実とも家電量販店(家電専門大型店)に成長します。「全日電」を母体に全国組織「NEBA」を結成したのは1972年(昭和47年)。結成時の会員数は79社、その後加盟社数は増加しました。現在の家電量販店企業数と比較するとはるかに多かったことが判ります。その後、「NEBA」非加入の家電量販店、カメラ系量販店の急成長等で「量販店を代表する組織」ではなくなり、「役割は終わった」と2005年に解散することになります。
その後、量販店同士の合併・統合等の合従連衡を経て企業数は大きく減少しますが、今やそのシェアは70~75%に達しています。
第一次成長期には家電業界の規模は拡大に次ぐ拡大、地域店(メーカー系列店)の中からも各地に有力系列店も誕生しました。有力系列店も店舗の整備・拡大や支店の開設、営業社員の増員、さらにはFC政策の展開など積極的な投資で顧客を獲得、売上高を大きく伸ばしました。他の地域店も売上高と利益拡大を実現しました。
以上が第一次成長期の概要です。